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◆呼んだのは誰!?◆

ymnk00.jpg

気付いたらココへ転がり込んでおりました。

年齢も場所柄もわきまえず、アゲアゲ状態で写真を撮りまくっていたのがいけなかったのか、あるいは、そこへ至る過程で脚力を消耗していたせいなのか、まるで見えない力に引っ張られるかのように、この場所へ滑り落ちてしまったのです。

ymnk01.jpg

振り返って仰ぎ見れば、同行者が呆れた顔でコチラを見ています。
「何をやってんだか…」という顔です。

ちなみに私も同感です。底がツルツルのドレスシューズで山歩きをしようという時点で失格。ちょっと呼ばれでもしたらバランスを崩すのも当たり前で滑り落ちるのも当たり前です。
目の前には高さ約2m、傾斜角50°以上の壁。足元注意。猛省です。…が、呼んだのは誰?

ymnk02.jpg

ハイ、スベった場所はココ、静岡県三島市にある山中城。戦国時代末期、全国統一を進める豊臣秀吉と、関東の覇者・北条氏が激突した古城です。

今回は、お城にちなんで、チック・コリアとゲイリー・バートンの"Love Castle"をバックに、本ブログ初の“城攻め”(?)レポートをお届け。「読んでやってもよいぞ」という方は、の再生ボタンを押して画面を下へスクロールしてね。



さて、その山中城。正確に言うと現在は『山中城跡』です。

北条氏の滅亡と共に廃城となっていましたが、三島市によって発掘・復元され、今では北条氏の築城ポリシーを確認できる非常に見応えのある城址となっています。

ymnk03.jpg

実はワタクシ、ゆる~い“城まにあ”なのです(ゆるすぎて“マニア”とは名乗れない)。ですから、上のような鳥瞰図を見ると、ゆる~くテンションが上がります。

いや、それはともかくこの山中城、図の通りなかなか複雑・広大です。
国道1号線を挟んで右側が本丸。左側が岱崎出丸と呼ばれていた防御施設です。
ハイ、“岱崎出丸”と聞いてピン!!と来た方は、おそらく歴史にお詳しい方でしょう。そう、あの“槍の勘兵衛”こと渡辺勘兵衛が単騎で突入し、豊臣軍大勝利のキッカケを作ったのがこの岱崎出丸。今から、え~っと…423年前の話です。

ymnk04.jpg

いざ、城攻めぢゃー!!

三ノ丸の脇にある階段を100mほど上がり、二ノ丸へと向かいます。テンションは激高です。しかし体力はこの100mですでにガタ落ちです。山歩きですから。しかもドレスシューズですから。(濡れてるときはツルツルすべる―世界中に散らばる不特定多数の自分自身へ

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城攻めぢゃ~。

西ノ丸の手前まで来ました。
だんだん元気が無くなってきていますがテンションはプチ高です。

右側の赤い矢印が元西櫓、左側が西ノ丸ですね。両所を隔てるV字型の切れ込みは人工的に穿たれた堀です。すなわちこのお城は、天然の山を城塞化した山城。重機も何もない戦国時代に、ナゼこんな大工事が出来たのか、ゆるい“まにあ”には想像もつきません。

ymnk06.jpg

展望を左方へ移すと、再びテンションのアガる光景が広がっていました!
山中城最大の名物である畝堀(うねぼり)です!

堀を仕切る畝の高さは2m。堀底から画像右手の西ノ丸へは9mの崖です。
今でこそ保護のための芝や植木が植えられていますが、戦国時代はむき出しの土。しかもこの土は、いわゆる関東ローム層の粘性の高い赤土ですから、ドレスシューズでなくてもツルツル滑ってどうしようもなかったことでしょう。もし私が当時の足軽だったとしたら、いかに大将から「登れ!」と命令されても、「ムリです!」がFAです。ゼッタイに登れっこないもの。
ダメ部下を再生させる上司の技術

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さらに歩道を進んでいくと、これもまた珍しい障子堀(しょうじぼり)が登場。その先には富士山が。テンションはさらにUP

ymnk08.jpg

西櫓から、これまで登って来た道を振り返ったところです。腿が痛いです大将。

ymnk09.jpg

同じく西櫓から。水が溜まっているのがお判りになるでしょうかね。

この障子堀、一部は水堀と用水池を兼ねていて、溜まっているのは湧水です。このような形式の堀は戦国の山城としては極めて珍しく、北条氏の城郭としても特異なものらしいです。

…しかしながら私、ココでふと思ったのです。

「よく考えると、堀の中にこんな畝を作ってしまったら、堀の中の自由は利かなくても、畝を伝って敵兵が渡ってしまうのでは?」…と。

一見すると畝は通路にも見えるし、いかにも「どうぞこの上を歩いてきてね」と言っているようにも見えます。「これじゃ意味ないじゃ~ん」と“まにあ”な私は考えました。すると…。

ymnk10.jpg

『(畝の)頂部の幅は約0.6メートルで丸みを帯びている』

ハイ、そこで私は想像してみます。
ツルッツルの赤土でできた、幅60cmの丸みを帯びた畝の上を、動きの不自由な重さ5~6kgの兵装をして、両手に数メートルの槍をつかんで走ったら・・・・・走ったら・・・・・。

・・・走ったら堀に落ちるわ、コレ。

しかも解説を読み進めていくと、

『もし人間が堀に落ちれば、脱出することは不可能だったと推定できる』

って、不可能ですか。そうですか。
さも渡れるかのように誘っておいて、いざ渡り始めたら即落下・脱出不可能とは、なんというえげつないトラップ。北条流築城術恐るべし。

そして、「ふむふむ。なるほど…」と足を延ばしていたら、呼ばれてズルッといきました。
そしてそのまま落下。呼んだのダレ!?

ymnk11.jpg

もう一度お見せしますが、目の前は高さ2m、傾斜角50°の壁です。

脱出不可能!?(;°д°)

ymnk00.jpg

左手を見上げると西櫓なのですが、角度が急すぎて見えもしないし登れもしない。

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…しかし、この上部から弓や鉄砲で狙われたら、間違いなくあの世行きです。

当時の日本人の平均身長は156~157cmくらいと言われていますから、182(-10)cmの私よりも高く感じたハズ。しかも当時はツルンツルンの赤土。この場所で無念の死を遂げた足軽さん達が何人いたことか。

-------------------------------------------

結局、堀の端から端まで猛ダッシュして、這い上がりました。
落下したのが一番広い区画のこの堀じゃなかったら、助走もできないし、大変なことになっていたかもしれません。てか、私を呼んだのダレ!?ツレは「呼んでない」とのコトだけど。

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無事脱出の後に訪れた北ノ丸跡です。

奥の方に見える御三方はお城整備の方々。この日、この時間は、一般見学の私ら三人と、この御三方の計6人だけがお城の住人(住人?)。静かなものです。
小田原戦役の時には、4千人の守兵が立て籠もり、そこへ7万2千人もの豊臣軍が殺到したとは思えない静かな佇まいですね。「この時代に生まれて良かった」と思わないとなぁ…。

ちなみにこの山中城。半日足らずで豊臣軍に攻め落とされてしまいました。
要するに、脱出不可能の堀に『人が満杯になるくらい』の人数が攻め込んだ結果です。

その後、本城の小田原城も開城。早雲公以来の関東の覇者・北条氏は歴史の中から永久に姿を消すことになりました。栄枯盛衰は世の習い。今、トピック頻りのお笑い国家も、季節外れな花火大会などに注力せず、和合の精神で歩むべきだと考えますが皆様は如何に?

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最後に、西ノ丸の物見台より望む富士・愛鷹の山容です。

今回の“城攻め”レポート、いかがでしたか?
これから気候が良くなってまいりますので、機会があればあちこち城攻めに行こうかと計画中(“城まにあ”ですから)。そのうちまたレポートしようと思います。

それでは皆様お元気で!

★★★★★★★★★★★★★★★

ご来訪ありがとうございました!
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テーマ : 城めぐり    ジャンル : 旅行

 

 



Comments
お城
ヤセさん、こんにちは。

前記事の「Grand Piano Canyon」ではなくて、こちらにコメントです。意外に思われるかもしれませんが。
もちろんBob爺好きの私にとっては、「Grand~」はお気に入りの一枚です。
いろいろ考えていたら、コメントのチャンスを逸してしまいました。

で、こちらの記事。
不思議なお城ですねー。是非、行ってみたいものです。
ワタクシ、唐津城の城下町で生まれ育ち、近所には秀吉の朝鮮出兵のベースになった名護屋城址もあります。そんな環境で、自然と歴史と城に関して興味を持つようになりました。
全国に無数にある城のうち、有名なものについては結構調べたつもりですが、この城は名前を知っているだけでした。どの城とも共通点のない、独創的な設計ですねー。
実におもしろい!
子供にもどったようなヤセさんの姿が目に浮かびます。
でも、トラップに落ちるのは、お笑い国家だけにしてもらいたいものですね。
To Apolloさん
Apolloさん、こんばんは!
いらっしゃいませ!

唐津といえば寺沢広高公の城下町でしたね。
何かの本で読みましたが、松林が非常に美しい
海岸が近くにあったような。

名護屋城跡は、故池波正太郎氏の長編小説
『真田太平記』の中で生き生きと描かれていて、
いつか行ってみたいと思っているのです。
歴史ロマンをそそられる城址ですね。

山中城は畝堀の他にも特徴的な作りがあります。
石垣が一切使用されていないのです。
さらに、豊臣方の武将と、北条方の武将が、同じ
敷地内で隣同士のお墓に眠っています。とても
変わってますよね。

機会があればゼヒ、(トレッキングシューズで)
訪れてみてくださいね。


 

 

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ヤセガエル

Author:ヤセガエル
神奈川県在住の一般市民(♂)。このブログで、音楽記事、音楽機材、星空や夜景の話題をお届けいたします。

音楽は、主にスムースジャズを中心にオススメCDのレビューを。音楽機材は、趣味のDTM・DAW、ベース、ギター、サックス等を取り上げています。
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